■ A MIRACLE FOR YOU 2 ■ |
「くっそおおお!!」 銀次の唸りと同時に、その腕の先から強力な電撃が放たれた。 確実に相手だけを狙えるように、左手をその腕に添える。 通常の人間なら、これくらいでそろそろ失神してもよさそうなものなのだが、何せ敵は人間ではなくアンテッド。 過去に落雷を受けた時でさえ、一瞬気を失っただけで後はピンピンしてたぐらいだから。 手加減は、もはや無用かもしれない。(第一、そうそう、そんな余裕もない) 夜の人気のない波止場に、銀次の放つ閃光が再び横一直線に空を裂いた。 「おし、やったか?! とにかく急がないと! しっかしまあ、なんでこうオレって菱木のオッチャンの担当になっちゃうんだろー。因縁ありすぎだよ」 めいっぱいの電撃を放ちながら、銀次がそんな風に愚痴る。 だが、愚痴はむしろ相手の頑丈さにこぼすべきか。 かなり強力なそれであったにも関わらず、ふらつきもしないで大男が嗤う。 銀次がそれを見、眉間に皺を刻むと再度電撃を撃ち放った。 「くそっ!」 それを菱木が、巨大グローブのような手の平を前に突き出し、易々と受け止める。 その腕にまとわりつくようにしてビシ!!と電撃が一瞬弾けたように大きくなるが、しかしそれもやがて、その手の中に吸収されたかのように消え失せた。 銀次が目を見開き、思わず両肩を落として溜息をつく。 「あーもう。なんでこのオッチャン、電気寄せつけないんだろ? まあオレみたく、体内で電気発生させられる人間も居るぐらいだから、感電しない人間がいたっておかしくないのかもしんないけど… 相性悪いったらないよー」 だが、いつまでもこうしてはいられない。 タイムリミットが迫っている。 港の倉庫に潜伏しているらしい敵を探してサイドカーを降り、卑弥呼とそれぞれに追跡を始めたまではよかったが。 その後、すっかりはぐれてしまい(たぶん銀次の方向音痴のせいだろう)、どうしたものかとさまよっているうちに、うまい具合に偶然敵に遭遇し、何はともあれ依頼の品のうち1つは無事ゲットできた。 後は、卑弥呼を見つけ出し、とにかく早く奪還した品物を依頼人まで運んでもらわねばならないのだが。 最後の関門が、この菱木竜童とは。 そもそも、今回ヘヴンが持ってきた仕事というのが、盗まれた2冊の古い手帳を奪還してくれというもので―。 依頼人は、人の良さそうなお金持ちの青年という印象だったが、奪って行ったのがプロの奪い屋だということと、わざわざ運び屋とチームを組んでその奪還にあたってくれというあたり、どう考えても胡散臭いとしか言いようがない。 てっきり断るかと思った蛮は、意外にもあっさりとその条件で受諾し、銀次もまあ別に異論はなかったので仕事は引き受けることになった。 まあ、強いていえば。 では即動き出してくれと言われたのが、4月の18日の夕刻だったということか。 翌日は、密かに胸の内で思っていただけだけど、一応自分の誕生日である。 気まぐれな蛮のことだから、去年は覚えてくれていたが、今年はどうだかわからないと思ってはいたが。 あっさりその前日に仕事を入れてしまうあたり、やっぱりどうも覚えてはいなさそうだ。 いや、覚えていたところで、別に何がどうだという程度のことかもしれない。 …そう考えて、仕事に向かうスバルの中、銀次は心でこっそりと小さな溜息を漏らした。 その手帳を手に入れたがっている相手は既に特定されていたので、蛮と銀次はそのまま情報の通り高速を西に向かい、途中、敵に二手に分かれられたこともあって、追跡は、卑弥呼のサイドカーに銀次が同乗し、蛮はスバルで単独行動ということに形になった。 それがまだ18日の深夜。 夜中の間に街中を追跡し、朝になってやっと辿り着いた港では敵を見失い、結果として卑弥呼ともはぐれた。 それが昼過ぎだったか。 ヘヴンを介して卑弥呼の無事は確認できていたものの、なかなか合流には至らず。 敵の奪い屋から手帳は奪還したまではよかったが、まさか護り屋まで雇っていたとか――。 そんなわけで、結局銀次の誕生日は、どたばたのままに終わろうとしているのである。 既に時計は22時40分。 蛮ともまったく顔を合わさないままの誕生日になろうとは。 さすがにちょっと寂しい気もする。 致し方ないのだが。 馬車と赤屍はトレーラーで途中待機ということになっているが。 退屈嫌いの赤屍がそんなに暢気に待っているだろうか? 菱木と戦いつつ、ついでに銀次がふとそんなことを思ってみる。 底冷えのするおっとりした口調とは裏腹に、彼はすこぶる気が短いのだ。 蛮でさえも赤屍に比べれば存外に、気が長い方といえるだろう。 「ぐっ!!」 間合いを取って、もう一度電撃を見舞うチャンスを伺っていた銀次は、突然の菱木の猛攻にアスファルトの上のもんどりうって転がった。 「う…ッ! オッチャン…。いきなり、頭突きで、おなか狙うのはやめて、よね…。いてて」 呻きながらも、腹を押さえて起き上がろうとしたところへ、巨漢に似合わない俊敏さで、大木を叩きつけるような足蹴りが飛んできた。 「うわっ!」 さすがに、寸でところでこれは避けた。 連続で見舞われては、いくらタフな銀次といえどダウンは必至だ。 ひらりとバック転を決め、銀次は身を返して着地すると同時に、頭を低くして猛スピードで菱木の足下を狙って駆け出した。 振り上げた相手の足はまだ着地に至っておらず、そこをめがけて白い光を纏う腕を伸ばす。 まるで大木にしがみつく猿のようで、格好がいいとはお世辞にも言い難いが、背に腹は代えられない。 堅い太股を抱き込む手の中に、力を集める。 振り払われてしまう前に、とにかく早くもうイッパツ電撃を! そう思った途端、ドガッ!と、両手を組んだハンマーのような拳が銀次の背を襲った。 背骨が折られたかのような痛みの余り、一瞬くらりと気を失いかけるが、足にしがみつく腕は意地でも離さない。離せない。 こんなところで、せっかく奪還したものを奪い取られてしまっては、蛮に顔向けが出来ないから。 とにかく踏ん張るしかない。 「ま〜〜〜ったく、しっつこいんだから! よおし、こうなったら! 誕生日イッパツめの、とっておきフルパワー電撃!! お見舞いしちゃうかんねー!!」 叫びとともに、バシイィ――!!と銀次の周囲で光が弾かれ、それが爆風を起こすように銀次を中心に渦を巻き始める。 「行くよ、オッチャン…! うおおおおぉぉぉ――!!」 その中で、銀次の髪が逆立ち、瞳の琥珀に少しばかり金が混ざると、さらに風は勢いを増した。 銀次が空気を殴りつけるように腕を上げると、雷を孕んだ風が上昇を開始する。 さしものアンテッドも、真下からの攻撃には弱かったらしく、雷を走らせながら迫り上がってくる竜巻に、バランスを崩してそのまま上空へと吹き飛ばされた。 「うおおおぉぉお」 バッシャーーーン!! え? 「あり?」 海に落ちた音がしたのに少々不安げな顔になり、銀次が真っ黒に見える水面を振り返る。 まさか大丈夫だよね?とたらたら汗を流しつつ、菱木が沈んでいった波間を呆然と見た。 今までの経験からいって、その程度でどうにかなるような護り屋だったら、苦労はないわけで。 もっとすごいことをしても全然ピンピンしてたし。 が、3分たっても5分待っても菱木が浮き上がってくる気配はない。 まさかってことないよねえ。なんたって菱木のオッチャンだし。 …あ、でも意外にカナヅチだったりして。 そう思うと、重そうな巨漢なだけに、浮き上がってこれるのかどうかすら、真面目に心配になってきてしまう。 「おーい。オッチャ〜ン…」 呼びかけてみても返事はない。 こりゃ、マジでやばいかも。 海底で、気失ってるんじゃ…。 や、 やっぱ、助けに行ってあげないと! オレのせいでどざえもんとかになったら大変だし。ってか、菱木のオッチャンのどざえもんって、とんでもなくコワイもんね…。化けて出られたら、もっとコワイし! よーし。 助けに飛び込む決意を固めた銀次がジャケットを脱ごうとしたところで、足下の海面が小さく揺れて唐突にぷくっと丸いものが現れた。 「ん・・・? なにこれ?」 ボール? そう思った次の瞬間、そのボールは水面でくるっと回り。 なんと、そこに不気味な顔が現れたのだ。 ニイッ 「んああああ〜〜〜!!!」 思わず、数メートル後ろにすっ飛び、銀次が半泣きでぺたりと尻餅をつく。 「ば、ば、ば、蛮ちゃあああん! 蛮ちゃぁあ――ん!!」 なんかあったら、何でもとにかくオレを呼べ!と、うるさく躾られていることもあって(それでも自分で何とかしたくって、滅多に呼ぶことなどないのだが。お化けはやぱりコワイのだ! そんなこと言ってられない)、銀次はその言い付けを忠実に守り、半分パニックに陥りながら、夜空に向かって蛮の名を叫んでいた。 でも冷静に考えれば、今どこにいるかわからない蛮にどうしてそれが伝わるのだろう。 ―と、銀次が疑問に思うと同時に、ジャケットのポケットに入っていた携帯が高らかに鳴り響いた。 驚きの余り、両肩がびくっ!となる。 それでも考える間もなく、素早くそれを取って開いて、耳に押し当てると同時に電話の向こうの声が怒鳴った。 「呼んだか!?」 「蛮ちゃん!?」 「どうした!」 「…あ、あのねえ」 「用があるならとっと言え! こっちも今忙しいんだよ!」 「蛮ちゃあん、あのねー、お化けが出たよ―! それも、菱木のオッチャンのお化けがあぁ〜」 「ああ?! 何、アホ抜かしてんだ、テメーは!」 「だって、蛮ちゃあん」 「だってじゃねえ! とにかくコイツの相手が済んだら、ソッチ回ってやっからよ! それまでしっかりやれ! わーったな!」 「う、うん!」 「おし、じゃあ後でな!」 「うん! え? あ、ところで蛮ちゃんは、いったい誰と闘ってんの?!」 銀次の問いに、忌々しげに舌打ちする音が電話越しに聞こえた。 「――赤屍だよ!」 「へ? なんで赤屍さん…?」 「とにかく、カタ付けたら追っかけるからよ! ヘマすんなよ!」 「あい!了解!」 「おし、行け!」 「うん! あ、蛮ちゃん!」 「何だ、まだなんかあんのか!」 「あのね、へへv …だーいすき!v」 「――あ? のわああぁぁ〜〜! テメー、オレをジャッカルに殺させる気か! ぎーんじィ!!」 「あはは、ごめーん! じゃあ、後でね」 「おう!」 電話を切ると、パタンとそれを二つ折りに戻し、そのままジャケットのポケットにしまい込む。 そして前を見れば、汚れた水のせいですっかり海のアンテッドと化した菱木が、ぼたぼたと水をアスファルトの上に滴らせながら、笑みを浮かべたまま、こちらに向かってくる。 銀次は、携帯と反対側に入っている手帳をポケットの上から確認すると、さらに不気味な笑みをたたえる菱木に真っ正面に向き合った。 はっきり言って、もうかなりバテバテだけど。 でもオレ、さっきのオレとはちょっとちがうよ、オッチャン。 ゲンキンだって、わかってるけどさ。 蛮ちゃんの声、聞いたら、なんだか――。 「なんだかこれで、勇気100倍――! 蛮ちゃん、見てて! オレ、頑張っちゃうもんね――!」 TOP < > 2 |